第61回 京都観世能

公演日時:2019/10/27(日・SUN) 11:00~
主催:京都観世会
演目:
(能)安宅 勧進帳 瀧流   河村和重
(能)卒都婆小町 一度之次第 梅若実
(狂言)墨塗         茂山七五三
(能)融 十三段之舞     杉浦豊彦
入場料:
【9月1日発売開始】
S席(1階正面指定席)   ¥12,000
A席(1階脇正面中正面指定)¥10,000
B席(一般2階自由席)   ¥6,000
学生(2階自由席のみ)   ¥3,500

演目解説

安宅 勧進帳 瀧流 あたか かんじんちょう たきながし
 兄頼朝の命により、壇之浦に平家を滅ぼした源義経は、都を守護していたが、梶原景時の讒奏(ざんそう)や、頼朝自身の画策であろう官打ち(不相応の高官位を得ること)などによって頼朝と不和になり、都を落ち、奥州藤原氏を頼って逃走する。主従十余人は山伏姿に身をやつし、琵琶湖を北上して北陸道(ほくろくどう)を逃げてゆく。頼朝はこれを捕えるため、各地に新関を立てていた。加賀国(越前か)安宅の関に行き掛った一行は、弁慶の発案で義経を強力(ごうりき)(荷持ちの人夫)に仕立て、関を通ろうとするが、関守富樫何某(とがしなにがし)は、山伏は一人も通さぬと言う。最期の勤めをして尋常に討たれようと芝居を打つ弁慶。即身即仏の山伏を討てば熊野権現の天罰が下ると言って数珠を揉む一行。関守は畏れ、今度は「勧進帳」(チャリティの趣意書)を読めと弁慶に言う。自分達は東大寺再興の勧進の山伏と先に偽っていたのだ。弁慶は勧進帳とは無関係の巻物を取り出し、勧進帳と言って即興で読み上げる。これには関守も恐れ入り、一行を通す。しかし強力が留められてしまう。義経であろうと見破られたのだ。刀に手を掛ける一行。弁慶が制止する。弁慶は強力の金剛杖を奪い、散々に打ち据える。それでも通さぬ関守。強力に目を掛けるとは盗人かと、一行は刀に手を掛け関守に迫る。終に関守は一行を通す。
 関を離れ、一行は安堵に団居(まとい)する。弁慶は主君を打った不忠に男泣きする。義経は弁慶のした事ではなく、天の加護と思えと慰める。
 関守が先の非礼を詫び、一行に追いついて酒盛りとなる。弁慶は叡山で手習った延年で応え、早々に奥州へ急ぐのであった。

 もし一行の一人でも刀を抜いていたなら、皆討たれたであろう。弁慶は主君への義を、形の上で捨ててでも、主君と家臣すべての命を護った。関守もその人間愛と本当の義に共感し、頼朝への義を捨ててでも、一行の命を救った。大義や正義のみによって動く社会は、命と人間愛を軽視する。しかし能作者は、いつも命と人間愛を、義の上に置いていることに注目したい。
 小書の「勧進帳」は弁慶一人が勧進帳を読む演出。但しこれが常態。「瀧流」は〈男舞〉で橋掛りに行き、瀧の流れを追って舞台に戻り、舞上げる演出。

卒都婆小町 一度之次第 そとばこまち いちどのしだい
 百歳にも及ばんとする小野小町は、昔の華麗を失い、人目を恥じて都を忍び出、桂川までやってくる。そして朽木に腰を下ろしてひと休みしている。そこへ、都へ向かう高野山の僧二人が行き合わせる。僧は、老女の腰掛けている朽木が卒都婆であることに気付き、教化(きょうけ)して退けようとする。しかし老女は僧の教化を悉く論破し、やがては仏性をさえ顕し始める。僧は「真に悟れる非人」と敬し、頭を地につけて三度礼拝すると、老女は今度は戯れの和歌を詠み、「難しの僧の教化や」ととぼけてみせる。
 僧が名を尋ねると、小野小町と明かし、老残の身を恥じ、物乞いをする有様までを見せる。すると今度は「小町が許へ通はうよなう」と狂気してしまう。昔、小町に思いを寄せた男達は多かったが、殊に思いの深かった深草の少将の魂が小町に取り憑いたのである。
 小町は少将の風折烏帽子と狩衣を着し、小町の許へ百日通えと言われ、九十九夜で力尽きて死んでしまった百夜通(ももよがよ)いを再現する。しかしその怨念が離脱すると元の小町に戻り、後の世を願って悟りの道に入ることを志す。

 小野小町を扱った老女物は、現行曲では他に『鸚鵡小町』と『関寺小町』があるが、いずれも亡臆(ぼうおく)の主題を和歌の世界に昇華し、「舞ガゝリ」に仕立てているのに対し、本曲は大和申楽本来の「物真似」の古態を残している。「卒都婆問答」と言われる僧とのやり取りや、狂い、物憑きなど、かなりリアルな場面が続く。これは観阿弥時代に成った古曲に世阿弥が手を入れた可能性もあろう。最後に突然、悟りの道に志向する辺りは、『葵上』『通盛』『清経』『砧』などと共通する。ここに一条の光を見るか否かは観客に委ねられているが、この光の行く先を辿ってゆくと、世阿弥の幽曲や、禅竹や信光の、無常観を主体とした幽曲に繋がってゆくようにも思われる。
 「一度之次第」の小書により、シテが先に登場し、ワキの〈次第〉〈道行〉は無くなる。

融 十三段之舞 とおる じゅうさんだんのまい
 東国の僧が旅に出、都、六条河原院に着く。そこへ田子を担う老人がやってくる。僧の不審に答え、此処は昔、源融(みなもとのとおる)が、陸奥(みちのく)の千賀(ちか)の塩竈(しおがま)を都の中に移した海辺であるから、自分は汐汲なのだと言う。月が出る。尉は融の昔を思い出すように辺りの景色を愛で、融が塩竈を都に移した様子を詳しく語る。しかし今は荒れ果ててしまった池辺を見て、貫之の「君まさで煙絶えにし塩竈のうら淋しくも見え渡るかな」という和歌を口ずさみ、亡臆の思いに涙を流す。僧は尉を慰めるように名所を尋ねると、尉は辺りの名所を次々と教える。興に乗じて時も忘れていた尉は、南天に至る月に気付き、今こそ汐を汲む時と田子に水を汲み、そのまま汐煙に紛れて消える。―中入―
 所の人より融の河原院での豪遊の有様を詳しく聞いた僧は、尉が融の化身と知り、重ねて奇特を見ようと夢に入る。すると融の亡霊が高貴な姿を月下に現し、遊楽遊舞を尽して楽しむ。そして明け方の月に引かれて消えてゆくのである。

 『融』は月の能である。前シテの冒頭「月もはや出汐になりて」と始まり、後シテの最後に「月もはや影かたむきて」と終わる。月に引かれて汐は満ち、やがて月が東山に出、月は南中し、月は西へ入る。刻々と移る月の時の中にのみ、融の亡霊は存在し得る。しかも前段の月は、荒涼たる河原院の今を映し、老残の融に懐旧の涙を流させる。しかし後段の月は、光を放つ河原院の昔を映し、貴公子の融に嬉々として舞を舞わせる。作者世阿弥は、月の不思議な力を知り尽していた。曲中「月」という言葉を多用し、「とき」の移ることを実感させ、更に、すべては亡び去る「とき」の永遠の流れにまで普遍化させている。亡臆の哀しさと美しさ。まさに亡びの美感を具現した一曲である。
 小書の「十三段之舞」は、〈早舞〉(はやまい)が黄鐘(おうしき)で五段、盤渉(ばんしき)で五段、しかも「クツロギ」で橋掛りに行き休らう型も入り、舞台に戻って急之舞で三段、都合十三段を舞う。遊楽遊舞を極める演出である。

出演者紹介
CAST

河村和重
Kawamura Kazushige
日本能楽会会員

梅若実
Umewaka Minoru
日本能楽会会員

茂山七五三
Shigeyama Shime
日本能楽会会員

杉浦豊彦
Sugiura Toyohiko
日本能楽会会員