京都観世会11月例会
Regular Performances (November)

公演日時:2025/11/23(日・SUN) 11:00~
主催:京都観世会
演目:
  (能) 巴          𠮷田 篤史
  (狂言)悪 坊        茂山あきら
  (能) 遊行柳        橋本 雅夫
        青柳之舞
  (能) 鍾 馗        大江 広祐
入場料:
一般前売指定席券※WEB        ¥8,500
一般前売自由席券          ¥6,500
一般当日券  (自由席)      ¥7,000
学生券    (2階自由席のみ)   ¥3,000

※通信講座受講生、放送大学、老人大学は一般料金です。

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普通会員様と6回会員様はWEBにて事前指定が可能です。(別途料金必要)
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演目解説

ともえ
 木曽の山家より都へ上る僧が、近江国粟津原に立ち寄ると、由ありげな女が現れ、神前で涙を流す。僧の不審に答え、女は、この祭神が木曽義仲であることを教え、神の五衰を慰めるために読経を勧める。そして我が名は里人に尋ねよと言い捨てて姿を消してしまった。                         〈中入〉
 僧は里人から、今の女は巴御前の化身であろうと教えられ、読経して待つと、巴の幽霊が再び現れ、粟津原の合戦で討たれた義仲の最期と、義仲の形見を持って生き長らえた我が身の口惜しさを語り、弔いを乞うて消えて行く。
 巴は、最愛の人、義仲とともに死ぬことを望んだ。義仲は巴に、生きて形見を木曽に届けよと命じた。来世までも添うために死を望んだ巴に、「三世の契り絶え果て、永く不孝」と言い放った義仲。もはや巴には、生きるよりほかに道はなかった。男の愛は、社会的正義や、大義の上に成り立っている。女の愛は、ヒューマニティに根ざしている。愛の方向のすれ違いによって、身は滅びても、互いの魂は救われることがない。形見を抱いて落ち行く巴の後姿に、未来永々因果を恨み続ける魂の苦患が象徴される。《巴》は戦をするから修羅能であるのではなく、戦をめぐって安息を得ぬ魂が描かれるから修羅能なのである。

遊行柳 ゆぎょうやなぎ  青柳之舞   あおやぎのまい
 諸国遊行の聖が、上総の国から陸奥へ向い白河の関を越えると一人の老翁が現れ、先代の遊行上人が通られた古道を教え、古塚の上にある朽木の柳へと導く。上人がその古びた様子から、いつの頃からの名木なのかと謂われを尋ねると、昔西行上人がこの所に立ち寄られ「道の辺に清水流るる柳蔭 暫しとてこそ立ちとまりつれ」と詠まれた名木であると答え、老翁は上人の十念を授かるとそのまま朽木の柳の古塚に立ち寄るように見えて消え失せる。                   〈中入〉
 その夜、上人が念仏を唱えていると、朽木の柳の精が白髪の老人姿で現れ、十念を授かったお蔭で非情の草木でありながら成仏する事が出来ると喜び、柳に因んだ故事を語り、報謝の舞を見せる。やがて夜も明け方になると、その姿は消え、朽木の柳が残っているだけだった。

鍾馗 しょうき
 唐の終南山の麓に住む男が、奏聞のことがあって帝都に赴く途上、異形のものに声をかけられた。そのものは、「わが身には悪鬼を亡ぼし国土を守らんとの誓いがある。君賢王におわし、よき政事(まつりごと)を施きたまわば、宮中に現れ、瑞相(ずいそう)を見せよう。そのよしを奏上してほしい。自分は進士に落第して命を絶った鍾馗というものだ」と告げ、変幻自在に虚空に上り、地に下り、やがて姿を消した。
                                 〈中入〉
 男がその跡を弔っていると、鍾馗の精霊が宝剣を携えて現れ、天下に乱を起こす鬼神を叱咤し、剣の先で邪悪を払い、治世の到来を予祝するのだった。
 『五音曲条々』『五音』には、この曲の〈クセ〉の詞章「一生は風の前の雲……」が、『五音三曲集』にはこの曲にはない〈サシ〉「それ三界安きことなし……」をともなう曲舞が、哀傷音曲のサンプルに挙げられている。独立した哀傷の曲舞謡(曲舞ガカリの謡いもの)が、≪鍾馗≫に挿入されたものであろう。完曲としては、前後の脈絡が不自然である。
 巷説に、水戸光圀が奸臣藤井紋太夫を斬ったのは≪鍾馗≫の中入中の楽屋で、成敗した太刀の抜き身をそのまま持って舞台に出たと伝える。

出演者紹介
CAST

𠮷田 篤史
Yoshida Atsushi
日本能楽会会員

茂山あきら
Shigeyama Akira
日本能楽会会員

橋本 雅夫
Hashimoto Masao
日本能楽会会員

大江 広祐
Oe Kousuke