第68回 京都観世能

 公演日時:2026/10/25(日・SUN) 11:00~
(開場時間 10:00 / 終演予定 17:30頃)

       主催:京都観世会
演目:
   (能) 攝 待      井上 嘉介
   (狂言)鎌 腹      茂山 茂
   (能) 屋 島      深野 貴彦
         弓流那須語
   (能) 望 月      味方 團
         古式
入場料: ≪発売開始 9/1(火)午前10時≫
    S席(1階正面指定席)     ¥13,000
    A席(1階脇正面中正面指定席) ¥11,000
    B席(2階自由席)       ¥6,500
    学生(2階自由席)       ¥3,500
       

演目解説

攝 待  せったい

 兄、源頼朝の命(めい)により、平家を壇之浦に滅ぼした源義経は、時の英雄として都入りする。しかし戦術に長(た)けた義経の存在は、政治体制を整えようとする頼朝にとっては脅威ともなる。義経は謀反人(むほんにん)に仕立てられ、都を逐われる。義経一行は山伏姿に身をやつし、奥州藤原氏を頼んで逃走する。
 『攝待』はここから始まる。奥州信夫郡(しのぶのこおり)(現福島市辺り)に着いた一行は、ある高札(こうさつ)に目が留まる。―佐藤の館(たち)において山伏攝待― とのこと。義経の忠臣として戦い命を落とした佐藤継信 (つぎのぶ)・忠信 (ただのぶ) 兄弟の母が、主君に一目会うために企てた攝待であった。 名を隠して逃走する一行が泊まるのは危険もあるが、 通り過ぎればかえって怪しまれると判断した弁慶の指示で、攝待を受けることとなる。
 座敷に通った一行の前にやってきたのは継信の幼子鶴若(つるわか)。山伏が十二人と見て、判官殿ではないかと問うと、弁慶に諫められ座敷を退く。次に継信・忠信の母が鶴若を伴い座敷に入り、この接待は主君に会うための企てと明かし、名宣ってほしいと切望する。名も明かさず、弔いもない人々への母の恨みと、「父賜べな(の)う(父を返してください)」と叫びながら義経に走り寄る鶴若の姿に堪(こら)え切れず、遂に義経は名を明かし、二人は主君との対面を果たす。
 弁慶は、屋島の合戦で義経の身代りに立って命を落とした継信の武勇と、その敵(かたき)を取った忠信の手柄を語って聞かせる。
 鶴若は酒宴の酌を健気に取り回り、夜も明け一行が発とうとすると、突然、義経の伴に加わり、父の敵を討つ旅に出ると言い出す。祖母は、山伏道の旅に敵などは無いと諭し、弁慶は、修業の道具を揃えて待てば、明日迎えに来ようと言いすかす。祖母は鶴若を抱き入れ、万感の思いで一行の出立(しゅったつ)を見送る。

 弁慶の戦語りを聞いた母は、忠信の矢にかかって命を落とした能登守教経の寵童菊王丸に思いを寄せる。母にとって我が子を失う悲しみは、敵も味方も区別はない。戦とは、人としての悲しみしか生み出さないものであると気づかされる。人の命を奪い合う戦の武勇伝ではなく、戦で子を失った母、父を失った子の深い悲しみに寄り添う能作者の視点に、能の大切な意味を感じることができる。

屋 島 弓流那須語 やしま  ゆみながしなすのかたり

 平家滅亡後の義経を題材にした能には『正尊』『安宅』『攝待』などがあるが、更にその後、義経の幽霊をシテとするのが『屋島』である。
 讃岐国(現香川県)屋島に着いた都の僧は、日暮れにとある塩屋に立ち寄り、主を待つ。漁を終えて帰ってきた漁翁と若い男に僧は宿を借りようとするが、漁翁は見苦しい塩屋に泊めることをためらう。しかし僧が都の人と判るとすぐに招き入れ、「私も元は都の者」と不思議なことを言い、涙を流す。僧の所望に応え、主はこの屋島での源平の戦物語を始める。義経の勇姿。平家の侍悪七兵衛(あくしちびょうえ)景清(かげきよ)と源氏方の三保の谷四郎の錣引(しころびき)。佐藤継信と菊王丸の最期。主の語りがあまりに委しく、不審に思った僧が名を尋ねると、義経と仄(ほの)めかして消える。(中入)
 僧のもとへ本当の塩屋の主がやってくる。僧は先刻出会った不思議な漁翁のことを伝える。主は、これも屋島の戦物語の一つである那須与一(なすのよいち)の扇(おおぎ)の的(まと)を仕方語りにする。
 やがて僧が微睡(まどろ)むと、その夢に甲冑(かっちゅう)を帯した義経の霊が現れる。そして業因(ごういん)の深さゆえに免れることができない修羅道の苦患(くげん)を訴え、弓流しの物語りをこれも仕方語りに顕す。そして能登守教経との船戦(ふないくさ)の有様を現し、夜明けとともに霊は去り、朝嵐ばかりが残る。

 世阿弥の作と考えられる。世阿弥は他にも『通盛』(井阿弥の作を大きく改作した曲)『頼政』 『実盛』 『清経』 『忠度』『敦盛』など多くの修羅能を書いた。これらの作品は、この世で戦に関った者は死後必ず修羅道に落ち、凄惨な苦しみを受け続けるという仏教的な思想が基礎となっている。しかし『屋島』には他の修羅能と異る特徴がある。それは自らの魂の救いを求めて、僧に弔いを頼むということを一切しないという点である。従って成仏もしない。未来永劫戦い続ける風情である。義経は頼朝のために戦い、平家を滅ぼし、しかし頼朝に逐われ、命を奪われ、死後も戦い続ける。この宿命こそが悲劇の英雄たる義経像の核心と捉えるなら、世阿弥は義経を成仏させることができなかったのかもしれない。
 「弓流」の小書(特殊演出)により、後シテの弓流しの語りで床几を立ち、弓に見立てた扇を落とし、命を懸けて弓を取り返す様を具体的に見せる。また常は錣引の間語(あいがた)りが扇の的の仕方語りに変わる。 「語り物」から「演劇」への移行過程が見えて興味深い。

望 月 古式  もちづき  こしき

 信濃国(現長野県)の住人であった小澤刑部(おざわのぎょうぶ)友房(ともふさ)は、近江国(現滋賀県)守山宿 (もりやましゅく) の甲屋 (かぶとや) の亭主となって旅人を泊めている。
 信濃国より都へ上る故安田荘司 (やすだのしょうじ) 友治 (ともはる) の妻と子が、甲屋に着く。 座敷へ案内した友房は、この母子が古の主君友治の北の方(妻)と子息花若とすぐに気付く。主従は涙の再会を果たす。
 信濃国の望月 (もちづき) 秋長 (あきなが) は、安田荘司友治と口論の末殺害してしまった科(とが)により、本領を失った。その訴訟のため上洛していたが、訴えが通り、本領への帰途、甲屋に泊ることになる。 友房は主君の敵 (かたき) 望月を、北の方と花若とともに討つことを決意する。
 友房は、今夜望月が宿に泊ることを二人に知らせ、北の方には今頃流行りの盲御前(めくらごぜ)になりすまして望月に謡を聞かせ、花若には八撥 (やつばち・羯鼓)を打たせ、自分は獅子舞を舞い、興に乗じたところで望月に近づき、敵討ちを遂行する計画を練る。
 三人はいよいよ望月の座敷に入り、酒を勧め、謡を聞かせる。 曽我兄弟の仇討ちの物語りが進むうち、 花若が気負って「いざ討とう」と思わず叫ぶと一座は緊迫する。友房は即座に取りなし一座を収め、花若が羯鼓を打つ。
 獅子頭を被いた友房が獅子舞を舞ううちに、望月は酔が進み眠り始める。時は今、と友房と花若は望月に走り寄って取り込め、終に仇討ちを果たす。やがて本領信濃に立ち帰り、その名を末代に留めることとなった。

 夫を失い、父を失った母子と、主君を失った家臣との運命的な再会、そして敵との奇跡的な出会いと仇討ちという劇的な構成がこの曲の特徴であるが、 もう一つ注目したいのは芸尽くしの構成である。謡、 羯鼓、 獅子舞と畳み掛ける演出により、三間四方の舞台は見事に甲屋の一室となり、観客は最新流行のエンターテイメントを楽しむ当事者となり得る。
 「古式」の小書により、子方の「羯鼓」の前に「吉野初瀬の花紅葉、更科越路の月雪」の言葉が入り、後シテの獅子頭も常の赤頭 (あかがしら) とは変わり、素袍 (すおう) の長袴のままで激しい獅子舞を舞う。 敵討ちの場面もシテとワキの問答が加わり、より緊迫した演出となる。


                                (河村晴道)

出演者紹介
CAST

井上 嘉介
Inoue Kasuke
日本能楽会会員

茂山 茂
Shigeyama Shigeru
日本能楽会会員

深野 貴彦
Fukano Takahiko
日本能楽会会員

味方 團
Mikata Madoka
日本能楽会会員